日記 烏

昔、私の前で烏が死にかけていて、可愛かった。

瀕死の烏で、翼が折れているのか、羽ばたけもせず、ゴロリと愛玩動物のように腹を見せていた。

場所は、駅前の広場だった。

駅の屋根に何羽もの健常の烏たちが立ち止まって心配そうに、佇んでいた。

みんな一声も鳴かずに、じっと、仰向けに倒れ込んだ瀕死の烏を眺めていた。

眺めるじゃないか。見つめるって感じで。

私は、たまたまその場に居合わせただけ。本当は、そう言う光景見たくはなかった。

生き物が死んでしまうところは、可哀想な感じがするから。

私自身、いずれそうなるのだな、とおもうと、不安な気持ちになるから。

烏の顔など、まじまじと見つめたことなんてなかった。

倒れた烏に気が付いて、初めギョッとして、呼吸が止まって、立ち止まって、思わず駆け寄って、でも、駆け寄った後、一体何をどうすればいいのかわからなくなって、立ち尽くして、じっとその烏の顔を眺めていた。

意識が朦朧としていたのか、それとも、観念したのか、その烏も私のことじっと見つめ返していた。

真っ黒な体に、さらに黒い瞳、まんまるい瞳、その瞳がなんの邪心なく、私のこと見つめていた。

恥ずかしくなった、いたたまれなくなった、悲しくなった、怖くなった、何かしなくちゃ、と口先だけ呟いた、その烏はほとんど身動き一つ取れない重体のくせして、律儀に瞬きだけは繰り返していた。

その烏のこと私は不謹慎にも可愛いな、って思って、死なないで欲しいなって思って、でも、何をしていいのかわからなくて、結局、数秒間見つめただけで、その場を後にした。

 

(と言うことが数ヶ月前あった。四月だったと思う。もともとブログに載せるため、ではなく、記憶の整理を兼ねて書いた文章だ。が、書き終わってしばらくして、こうした日記のようなことも、人の目に触れる何処かに仕舞っておきたいな、と言う気持ちが湧いた。書き終わってみると、大したことのない経験のようにも思う。結局、しばらくの間、立ち尽くしていただけなのだから。でも、あの時、時が止まったような気がした。

本ブログの主題は「節約」なのだけれど、今回のような変化球というか、まあ、思いつきも書いていくのだろう、と思う。)