節約についてのちょっとした私見

節約ってなんだろう。節約の対義語は、おそらく浪費である。とどのつまり、浪費をやめれば、結果自動的に、節約が実現される。

 

金の節約にしろ。時間の節約にしろ。体力の節約にしろ。その他諸々の節約にしろ。そういうものなのだ。

 

僕の個人的な印象だと思うのだが、節約、というのは、そんな能動的な作業ではないように思う。能動的なのは、節約というより浪費だ。浪費を抑えれば、結果節約になってしまう。やや、語弊のある言い方かもしれないけれど、ある種の活動をやめれば、それで節約は達成するのである。

 

具体的には、蛍光灯のスイッチを消すとか。

 

活動を抑えるというのは、余裕を作る、とも捉え直しが可能だと思う。体力を温存させて余力を確保する、とか、まあ、金の話にしてしまえば、嗜好品の購入を取りやめ、金銭的余裕を作る、とか。

 

節約、というと、どうにも、ケチ、とか、カツカツしている、とか、ガメツイ、とか、余裕がない印象を受けやすい気がする。が、実は、その実態は正反対で、余裕を生み出すために、不要だなあ、と判断した活動をやめ、その結果様々な消費(例えば、精神力とか、体力とか、時間とか、金とか)が抑えられ、節約につながるのである。(と、僕は捉えている。捉えている、というか、いまこれを書きながら、再認したって感じだけど。)

 

余裕が生まれると、誰かが困っている際、手を差し伸べることが、ごくごく自然に行えるかもしれない。それは、とても良いことのように思う。

 

要は、いらないものはいらない。やらなくてもいいことややりたくないことはやらない。そうすれば、勝手にいろんな事柄が節約され、いろんなところに余裕が生まれるんだろう、と思う。

 

まあ、初回だし、今回はそんな当たり前のことを書きたかった。

もし、節約の最中、カツカツした感じとか、ケチケチした心情が生まれてきたら、多分、どこかで無理しているんじゃないかなあ、と思われる。よくよく生活を吟味してみると、不要な努力を費やしていたり、どうでもいい所作が介在していたり、世間体にこだわっていたり、といった場合が、僕にはあった。僕自身の個人的経験なので、どの程度の普遍性があるのかは知らない。