節約で世界を変える

ブログ名の通りです。僕は、この社会はこの日本の社会はおかしいな、と思っています。お金なんて本来いらない。少なくとも、みんなが期待しているほどお金などいらない。お金などほとんどなくても楽しく生きていける。その可能性はある。少ないお金で暮らしていけるのなら、毎日毎日、長い時間かけてお金のために働く必要もないだろう。お金にこだわらず、少ないお金で楽しく生きていく方法を仮に、「節約」と呼ぼう。(僕の本心では、節約って言葉より、「質実」とか「こだわりの少ない」とかで表現したのだが、それだとわかりにくだろうから。)そ

自己実現の定義

さっき、昼寝しながら考えたことなんだけれど、(実は昼寝しようとしたら、以下の考えがひらめていて、昼寝って気分じゃなくなって目が冴えちゃったんだけれど。)自己実現って要は、今、自分は自分が心の底から好きだと思えていることをやり通しているって状態のことじゃないだろうか。

アニメ監督が、アニメ映画を作成するって自己実現をした場合。要は、そのアニメ監督は、アニメを作るのが大好きで、アニメ映画を作りたくて作りたくてたまらなかったってことだと思うのだ。で、その大好きなアニメに没頭している以上、それが自己実現

そのほか、家を作るのが好きな場合は、家を作って自己実現だし、将棋が大好きな人は、プロの将棋指しになるかして、一日中将棋のことだけ考えていればいい環境構築=自己実現ってわけなんじゃなかろうか。細かい検討は省くけれど。

漫画好きも、マジック好きも、金儲けが好きな人も、喋るのが好きな人も、家事洗濯が好きな人も、どんな場合にしろ、要は、好きなことを好きなだけ思う存分できているなあ、って自分自身で思えたら、自己実現であろう。

ちなみに、僕は、まだマズローを読んでいないため、マズロー的な意味での自己実現ってのがどのような定義であるかは知らない。それこそ、以上に述べた内容が、マズローそのままで、今更僕が書くような内容でないのかもしれない。(その可能性は大きい。自己実現って概念そのものが、以上の思考を内包しているわけだから。)

で、ここで、重要なのは、というか、面白いのは、自己実現の成否は、自分がで思うか次第、である、ということ。例えば、ゲーム好きの小学生が、例えば、夏休みに、一日中思う存分ゲームしていたとすると、それはもう、完璧なまでに、自己実現しちゃっているわけである。仮に、ゲームの成績が全然だったとしても。彼が楽しんでいて、ゲームをするのが好きで好きでたまらないなら、自己実現であろう。

となると、自己実現って、結構、簡単に達成できてしまうのかなあ、とも思う。

友達とおしゃべりするのが楽しいなら、友達とおしゃべりしまくれば、自己実現だし、映画を見るのが好きなら、レイトショーとナイトショーをハシゴすれば自己実現だろうし。

要は、やりまくれば、自己実現、ってことになる。

例えば、いくら映画好きでも、映画の冒頭五分を眺めただけじゃ、自己実現っぽくない。もっと言えば、二時間の長編映画一本見終わったくらいじゃ、やっぱり、自己実現っぽくない。そんなの、金曜ロードショーレベルじゃないか、って感じで。

あくまで、現時点での、僕の定義なのだが、自己実現とは、自分の好きなことを、やりまくっている状態、なのではないだろうか。

理想は、半永久的に、自分の好きなことだけをやりまくっている状態であろう。四六時中。三百六十五日。

好きって思った瞬間が自己実現とも捉えられる。例えば、空の雲を眺めていて、この雲好き、ってなったら、その瞬間、自己実現。大好きな雲を眺めているって状況が自己実現

で、でも、たかだか一瞬の自己実現じゃ、やっぱりつまらないから、ずっとずっとその状況が続きまくるのが良いと思う。ずっとずっと好きな状態が続くのがいいなあ、と思う。

好きになるかならないかって自分では事前には、よくわからない、その辺が、ネックかなあ、とも思う。

ただし、解決策は、多分あって、例えば、その方法って、好きなもの心に止めてておく、ないし、好きなものを心に止めた上で、好きなものを心の中で創造しまくる、だと思う。

ここまでくると、自分でも、何言ってんのかよくわからない。

急にしぼみそうになるが、しぼむな俺。俺は、いま、すごいことを書いている気がするんだから。とはいえ、ちょっと疲れたんで、この辺で切り上げる。また、思い出したら、このテーマ、切り込もう。

 

ちなみに、自己実現の先ってのも、考えなくちゃなあ、とは思っている。正直、見通せないのだが、好きなことを好きなだけやりまくる状態の先は、マズローさんも指摘されているように、当然あるわけだから。