こっち

新しいブログを別サイトで始めた。棲み分けが必要だ。こんがらがった毛糸をぶちぶちとちぎって、あっちとこっちにわけよう。こっち側。

夜の散歩の日記

昨夜、というか、ここ最近の僕の日課であるのだけれど、昨晩、散歩に出かけた。前にも書いたと思うのだけれど、ここのところ、本格的に梅雨入りし、暑くなってきた。そんな蒸し暑い中、一人室内に閉じこもっていることに飽き飽きしてきたのである。夜間なら、日差しもなく、風が吹けばなかなか気持ちが良い。屋内なら、風が遮られるが、野外なら、四方八方から変幻自在と風が吹くのである。気持ちが良いに決まっている。

で、昨夜、日が没してから周囲の住宅街をぶらぶらと散策した。だいたい、散歩に出かける時に使うルートをほんの少し延長して歩いた。いくつか、面白い発見があったのだが、例えば、一軒家が密集している地域では、電灯の明かりが少ないって現象を発見した。カーテンを閉め切っているせいもあるのだろうが、一軒一軒の家を眺めていると、いくつかある窓の中一つくらいしか電気が灯っていないのである。人間生活して行く上で、そんなたくさんの光源は必要ないのだろうか。あるいは、ここ一帯の家々は、夫婦二人暮らしや一人暮らしが多いのだろうか、などと想像した。知り合いの女性で、子供はすでに大きく成長し、よその地域へ巣立ち、夫も、東京に赴任中で、二階建ての一軒家に一人で暮らしているって話をされていた。そういう家庭って、結構たくさんあるんだろうか。などと想像した。のんびり歩いていると、十メートル後方の民家から、うぉんうぉんという犬の吠え声が聞こえた。ここの犬は、だいたいいつも、吠えてくるんだけれど、通り過ぎてしばらくしてから吠えてくる。すぐに吠えないのは、彼がちょっと鈍感だからか、それとも、臆病だからだろうか、などと想像する。臆病だから、僕がはるか遠ざかったあたりで、一声吠えている、とか。そう考えると、ちょっと愛着が湧いてくる。吠え方からして、中型犬っぽい。一軒家が集中している地帯は、比較的薄暗いのであるが、マンション地帯へ行くと、ここはラスベガスですか、と思うほど煌々と光り輝く。それもそのはず、廊下にびっしりと蛍光灯が並んでいるのだ。綺麗な光景ではあった。入居者一人一人に、いや、空室だってあるだろうから、貸部屋一つ一つの軒先に電灯を設置しているのである。鍵穴を見つける時に便利なんだろうけれど、果たして、こんなたくさんの電灯が必要なのだろうか、と疑問だった。鍵穴って、手探りでも何となく見つけられるものだから。こういうことをいちいち書いてしまうのは、僕がケチだからか、と思ったりもする。が、一戸建ての民家の大半は、玄関に照明を設置していなかった。だから、マンション暮らしの人たちだって、わざわざ、廊下に電灯はいらないんじゃないかなって思う。もしかしたら、マンションに暮らすうちに、知らず識らずのうちに夜中は、明るいほうがいいわねって気分に、なって行くのかもしれない。暮らしている場所が、あんなに煌々と明るいのだ、無意識のうちに価値観がそう変わっていってもおかしくない。価値観は人それぞれどんな価値観だって良いとは思う。ただ、マンション暮らしの人と一軒家暮らしの人とで、そういうところで、見えない性格判断が可能かもなあ、と此れを書きながら思ったりする。血液型判断と一緒で、当てはまらない人には一切当てはまらない当てずっぽうであるが、当てはまる人、環境要因に作用されやすい人とでもいうのか、そういう人には、当たりそうである。まあ、都市部では、マンション暮らしの人の方が、人数的には多いので、だいたいの人に当てはまりそうだけれど。こうして文章にしていると、アパート暮らしをやめて、一軒家で、暮らしたいなあ、と思う。4畳程の平屋と、庭には、日陰となる大木とその下に安楽椅子である。池というか、水源が近いといいなあ。雨降り時、洪水にならない程度の小さな支流があれば。さて、話は戻るが、その散歩時、すでに閉館となった図書館の前を通った。図書館って好きだ。建物が。でかいし。夜中も利用できたらいいのになあ、と思いながら通り過ぎた。大家さんとか済めばいいのに。割と、図書館にすむ男の話とか、博物館に住む男の話とかって児童書を中心に発表され続けている気がする。きっと、多くの人の無意識のうちに、図書館や博物館にすみたい、って希望が芽生えているのだと思う。僕自身、たまに、図書館の広々としたフロアに雑魚寝したいなあ、と思ったりする。そんなことを考えながら、図書館の前を通り過ぎる。その後、近所の私立大学前にある繁華街をぶらぶら歩く。面白いもので、その繁華街を学生たちに混じってぶらぶらしていると、自分まで学生になった気分になる。そろそろ帰ろうか、と繁華街を抜けたときなど、さっきまで、大学の講義でも受けていた気分だった。実は、そこの大学のこと、ばかにしている自分がいたのだが、妙に親近感が湧いてきて、心が解けた。良い体験であった。その後、帰宅する。もしかしたら気のせいかもしれないが、夜中って、結構、みんな口数が多い気がする。仲良く話しながら帰宅する人々がたくさんいた。そういえば、近所のパン屋の前で、パン屋がすでに閉店しているにも関わらず、数人の人々がたむろしていた。彼らは何かを待っていたのだろうか。もしかしたら、閉店後のパン屋で売れ残りのパンを格安で売ったりしてんのかなあ、と貧乏っぽい発想で興味惹かれる。もしかしたら、飲食店というのは、閉店後が、買い時、なのかもしれない。

ただの散歩だったんだけれど、こうして、思い返しながら文章にすると、いろいろなことを体験したり、考えていたようだ。ここのところ、ブログ記事に熱中しているから、どうしても、節約だったり、社会的な主張だったりへ、発想がもっていかれるけれど、色々考えているようだ、散歩中の僕も。確か、節約系以外にも、ナンセンス系の思考も活発に行なっていたと思うのだが、どうにも記憶にない。ナンセンス系の発想って、ぶっ飛んでいて、面白くて、何でこんなこと俺わかるの?思いつくの?と興奮するのだが、ナンセンス故、記憶の網からこぼれやすいようだ。まあ、また散歩をすれば思いつくだろう。

以上、日記。