節約で世界を変える

ブログ名の通りです。僕は、この社会はこの日本の社会はおかしいな、と思っています。お金なんて本来いらない。少なくとも、みんなが期待しているほどお金などいらない。お金などほとんどなくても楽しく生きていける。その可能性はある。少ないお金で暮らしていけるのなら、毎日毎日、長い時間かけてお金のために働く必要もないだろう。お金にこだわらず、少ないお金で楽しく生きていく方法を仮に、「節約」と呼ぼう。(僕の本心では、節約って言葉より、「質実」とか「こだわりの少ない」とかで表現したのだが、それだとわかりにくだろうから。)そ

日本共産党の駅前演説を立ち聞きして(その感想と批判)

昨日、駅前で、日本共産党の方が演説(?)呼びかけ(?)を行っていた。実を言うと、僕は、基本的に共産党を支持政党としている。また、選挙とは無関係な時期に、こうして意思表明をされているのは、やはり共産党のすごさだと思う。ただ、個人的に気になるフレーズがあったので、あくまで、個人の見解として、やや批判的なことを書きます。

帰り道に歩きながら聞いただけなので、文脈は把握していないし、やや記憶間違いがあるかもしれないのだが、その駅前演説では、

共産党は市民一人一人の主人公性守ります」というフレーズを言われていた(正確な言葉は忘れたけど、こういう内容だった)。

で、僕は、この「主人公性を守る」って発想に引っかかりを覚えた。主人公性ってなんや?って気持ちもあるのだが、主人公性を守る?守られた主人公性?守られなきゃ維持できないのか?などと次々と疑問が湧いたのだ。

一人一人が主人公ってフレーズは福祉の現場などでよく耳にする。「障がい者ひとりひとりが自分が主人公の人生を歩めるように」とか、社内教育や研修でも、職員の仕事は生活支援であり、主人公は利用者、といった内容を教わる。実は、僕も福祉職の経験があるので、実体験としてそういう風に教わった経験がある。が、僕はひねくれているので、その際「つっても、俺だって俺の人生の主人公だよ」などと思っていた。ひとりひとりが主体性を持って生きる社会がいい、と僕も思うのだが、それは同時に、誰か一人の主人公性を守るために、別のだれかが犠牲になってもいい、ってわけじゃない。利用者を主人公に、という点を強調するために、職員は主人公じゃないって表現するのは、気に食わなかった。

脱線している。

(文章がやや攻撃的なのは、僕の無意識にしこりがあるからあろうか?まあ、いいや)

で、「主人公性を守る」って変じゃないの、って話へ。

具体的に考えて見たらいいと思うのだ。例えば、漫画で。

漫画「ドラゴンボール」の主人公は、孫悟空である。孫悟空、誰かに守られてたっけ?

別の漫画でもいい、HUNTER×HUNTERのゴン・フリークス。もちろん、彼には、キルア・ゾルディックビスケット・クルーガーやウィングといった仲間や師匠がいるけれど、協力したり、助け合ったりはしていても、一方的に守られているってことはないと思うのだ。

どんな漫画でもいい、どんな映画でもいい、とにかく、これぞ主人公ってやつって要は、「誰かに守られているゆえに主人公たり得ている」のではなく、「自ずから主人公っぽい振る舞いをして、主人公性を発揮しているわけだ」で、その主人公性を一番発揮できたやつが、その物語の主人公だし、たとえ、一番じゃなくても、それなりに主人公性を発揮できたやつが、人気のあるキャラとなる。例えば、HUNTER×HUNTERの場合、クロロ・ルシルフルやヒソカ・モロウなどがそうだ。もちろん、キルア、クラピカ、レオリオもそう。

なんというか、主人公性って、みんなで大切に守っていくものである一方で、過保護にしちゃいけないのだ。

念のため、少女漫画の例も出しておきたいのだが、僕はあまり少女漫画を知らない。だから、偏りが出ると思うのだが、吉田秋生さんの「カリフォルニア物語」を例にとると、物語の主人公を仮に、ヒースとイーヴとすると(正直、物語の中で誰が主人公とかって、そんな一概に決めるものじゃないし、主人公って概念自体しょうもないとは思っている。)彼らは、ある一面では(見)守られていたが、根本的には守られていなかった。だから、悲劇的な最後を迎える。

守られた主人公性というのは、はっきりいって、語義矛盾なのだ。

ただ、こうした語義矛盾は民主制には、特に代議制民主主義には、いつだって付いて回る。みんなで決める、といっておきながら、代表を出している時点で、果たしてそれって民主主義なのか?という。

だから、「主人公性を守る」ってフレーズは仕方なく出てきた言葉なのだとも思う。

でも、腑に落ちない自分もいる。なんというか、僕の中では、本人が主人公だ、って思ってその思いのもと行動しているなら、もうそれで主人公たり得ているとも思うのだ。それでいいのではないだろうか。主人公性って守る必要があるのだろうか。守るべきは、インフラや自然環境や国際的な立ち位置や、正直、政治のことは全然わかんないんだけれど、そういうもろ政治の仕事って事柄じゃないだろうか。

冒頭にも書いたけれど、日本共産党は、(別に僕は赤旗新聞を購入しているわけでもないんだけれど)他政党に比べて首尾一貫した政党だとは思っている。ただ、弱者を守るって言っても、守っているから弱者なんだよ、って逆説も、それなりの理屈が通る。