穴場探し

そろそろ節約術っぽいものも書いておこう。

穴場を探すということ。

穴場、というのは、僕の定義なんだけど、簡単にいうと、大半の人が気づいていない、いいところ、である。この「ところ」というのは具体的な場所を指す場合もあれば、行為だったり概念だったりを指すこともある。そして、僕自身は、穴場を見つける能力って大切だなあ、と思っているし、実をいうと、僕は結構穴場を見つけるのが得意である。気がついたら見つけている、ということがままある。

穴場、卑近な例を言えば、安くて質のいい食材を売ってくれるスーパーとか、わかりやすいだろうか。ただ、穴場を見つける際に、重要だと思われるのは、言葉にとらわれないこと。例えば、この例では、「スーパー」という言葉や「安い」「質がいい」「売ってくれる」「食材」と言ったまあ、ほぼ全文なのだが、こうした言葉にとらわれないほうがいい気がする。実際、「スーパー」以外にも、食材を手にいれることは可能だし、「安く」なくても満足のいく食材はあるし、「質」が低くても、自分で質を高める加工法はいくらでもあるし、「売ってくれ」なくても、もらったり、自分で手に入れたりできるし、「食材」と普通はみなされていないもの、例えば、カブトムシの幼虫などを食べて見てもいいのである(僕は食べたことはない。毒性かどうかとかも知らない)。ちょっと、大げさに聞こえるかもしれないが、実際、穴場を見つける際には、こうした言葉外しとでもいうのか、換骨奪胎する術を無意識的に働かせたほうが便利がいいだろうな、と思う。

例えば、喧嘩が弱くて自己嫌悪に陥るから空手道場へ通おう、と思って空手道場を探す際。まあ、普通に、近所の空手道場へ行けばいいと思うのだが、ここであえて言葉外しを行って、「喧嘩が弱く」てもいいじゃないか。老子荘子の思想では、却って能力がない方が天命を全うできると主張しているし、この主張は結構当たっていそうだ。「自己嫌悪」に陥ってもいいかもしれない、特になんも思いつかないけど、もしかしたらいいかもしれない。「空手」じゃなくてもいいかもしれない、世の中にはいろんな武術がある。「道場」へ通わなくてもいいかもしれない。武術家個人に師事して、その辺の公園で手ほどきしてもらえるかもしれない。「通わ」なくてもいいかもしれない。いっそ住み込むとか。まあ、無責任に書いて見ました。

僕の興味の主体は、やはり、教育問題にある。

僕は、以前も書いたのだけれど、高校へは行かなくてもいいと思っている。というのも、高校へいかなくても、「高卒認定試験」を受ければ、時間も金も使わず、大学受験資格を手に入れられるからだ。また、「高卒認定試験」も、そこそこの難易度ではあるため、正直、高校は卒業していても、「高卒認定試験」には不合格してしまう人だってそれなりにいるはず。なら、いっそ、しっかり勉強して、「高卒認定試験」満点合格しちゃった方が、学力面での証明に使えるかもしれない。

また、中学、高校、大学も含め果たして講義を受ける意味ってそんなにあるのかなあ、と思ってもいる。例えば、高校で現代文の授業を受ける代わりに、ユーチューブを活用して、「三島由紀の講演」を聞いて見たり、「志賀直哉のインタビュー」を聞いて見たりした方が感動するんじゃないだろうか。

理科の実験だって、理科室で行う実験だけが実験とは限らない。ドキュメンタリー映画を見ると面白い。「スーパーサイズミー」だって真似する気はないけど、実験だし、ずっと昔話題になった、ハンバーガーを長年放置したってのも実験だろうから。

また、大学にしてもそうだ。例えば、大学教授が私塾を開いているというケースは多々あるし、元大学教授が予備校で数学を教えているなんてケースもある。教会の牧師さんは基本的に修士課程を終えた準学者さんであるし、お寺の坊主さんも院卒の人もそこそこいたはず。そもそも、大学だけが学ぶ場ではないし、誰からも教わらないという道もある。

大学というのは、簡単にいうと、パッケージ商品である。卒業するには、うん百万円かかりますよ、という卒業前提の価格設定。その上で、卒業するためには、必修が〇〇単位、選択必修が〇〇単位、教養科目が〇〇単位、と半ばやるべきことを決められる。もちろん、アカデミックという一つの道場へ入門した以上、その道場の流儀に従うっても一つのやり方だと思う。やっぱり、大学側には教育機関としての経験があるわけで、それなりの効果があるかもしれない。けど、そうしたパッケージって果たして、教授たち本人が本心から決めたものなのかなあ、と疑問なのだ。教授の中には、いや、これとこれとこの三つの授業さえしっかりA評価もらうぐらい学んだ後は、好きにしていいよ、とか思っている人もいるかもしれない。直接聞いたことないから、知らないけど。

自分が求めているものに素直になったら、いくらでも他の道がありそうだ、と思う。

もしかしたら、二足の草鞋を履くといいかもしれない。価値観を二つくらい持っておくと、偏らずに、視野が広がるかもしれない。

また、新しい場所へ行く際は、友達は誘わず、一人で行く方がいいかな、と思う。僕も緊張しやすい方で、興味が湧いた店とか、寺とか、まあそういう場所へ行く際、一人で行きたくないなあ、と思うことあるのだけれど、やっぱり、一人の方が自分の気持ちに素直になれる。もちろん、危なそうな場所へ、そもそも行かない。

あと、インスタの写真を撮るために、珍しい場所へ行く、とかは、なんか違うと思う。