こっち

新しいブログを別サイトで始めた。棲み分けが必要だ。こんがらがった毛糸をぶちぶちとちぎって、あっちとこっちにわけよう。こっち側。

日記

どういうわけか、自分でもわからないのだけれど、「ああ、俺は最低だ」そういう気分である。わかりやすい言葉でいえば、鬱に入りかけている。いや、もう、潔く、鬱だ、と読んだほうがいいだろう。いつもより、体の動きが緩慢である。自分では違和感を感じていないのだが、声の通りも悪いようで、何度も、なんて言ったの、と聞き返される。自分の精神状態のために、声が響かない、にも関わらず、そういう風に、聞き返されるのが、苦痛である。正直に、言って、苛立ちを感じる。俺の声が木古内なら、お前らが耳をすませろよ、馬鹿、そのように思う。

暴力的な気分もわく。もちろん、そうした感情に流されることはない。ふっと、どんなにいいことを積み重ねても、たった一回殺生したら、もう、過去にどれだいいことしたかとか関係なくなるなあ、と思う。で、僕たち人間は、よほど運が良くない限り、何かしらかの殺生を行なっている。昆虫を踏み潰したり、とか、そういう行為を。もう、救いようがないじゃないか、って思ったりする。

さっきまで、疲れていて、横になっていた。この頃、一日の大半を横になって過ごしている。正直、血の巡りが悪くなっているのだろう、頭がぼんやりしたり、軽い吐き気がする。先ほど、そろそろ、何かを始めようと、起き上がったのだが、お腹の筋肉に痺れを感じた。正座をしていて足がしびれた時の感じ。面白かった。こういうこともあるようだ。

今日は、何をしたっけ。この文章は日記である。特に、何か主張めいたものを書きたい気分ではないのだ。ここ数日、暇を持て余していたためだと思うのだが、何か、偉そうな文章をいくつか書いた。気分が落ち込んでいるときは、過去に自分が書いた文章って、全部、こんなんじゃない、って気持ちになる。まあ、アクセス数が伸びていて、嬉しくなったりするそういう煩悩もあるんだけど。

ああ、記憶が混乱している。時間軸に沿って物事を考えられない。ああ、もうめんどくせえ。男の声が嫌い。ハローワークへ行ってきた、ああ、めんどくせい。どうせ、俺のことを好きじゃないやつとどうして話さなくちゃならない。いや、話すのは俺の都合。俺が仕事が必要だと感じているから、話すまで。話したくないなら、話さなければいいだけ。誰とも話したくない、関わりたくないってわけじゃないのに、誰かと話すと、なんだか、自分をないがしろにされた感じがする。

自分が何をしたいのかわからない。とりあえず、ハローワークへ行き、うだうだ悩んでいても仕方ないから、休暇の取りやすさ、とか、燈籠時間、とか、時給とか、仕事場の近さとか、そういう外面的な条件で適当に仕事を一つ見つけ、面接を申し込む。ああ、めんどくせえ。いや、めんどうくさくないか。別に、やりたい仕事ってわけでもない。そもそも、やりたい仕事がなんなのかわからないから、特別な理由もなく仕事をやめて、ふらふら彷徨っている。

いろんなことにケチをつける自分がいる。人の動作とか、話し方とか。自分が一番気楽な格好になりたい。

元職場へ荷物を取りに行かなくちゃいけないんだが、気持ちが重い。どうせ、取りに行ったら、気持ちが沈む。なら、取りに行かなきゃいい。そもそも、向こうが渡したいと行ってきたのだ。僕の自身の忘れものじゃない。なんでホテルの仕事がある。嫌いだ。ホテルなんて。クソだ。俺は、一生、結婚式とか宴会とか参加しないぞ。勝手に、ホロコーストを繰り返しとけ。バーカ。

と言いつつ、僕自身、殺生を繰り返している。きっと、何かのきっかけでうっかり虫を踏んだり、そういうことがこれからもあるだろう。そもそも、新しい仕事で、調理作業があれば、当然その中で、魚を捌いたり、牛や豚の肉をこねたりするのだ。もう、十分立派な殺生である。

やりたくないことはやらなくていいはずで有る。何か道があるはずで有る。

とはいえ、こうした殺生嫌いが、実は、就労から逃れるための言い訳なのかもしれない。殺生を行うか否かでこの世の仕事眺めていると、まあ、大体の仕事は、何かしらかの形で殺生を行なっている。自動車を運転すれば、当然犬猫を轢く可能性だって有る、コンビニやスーパーでは精肉を販売している。調理を伴う仕事も同様。農業だって、農薬を散布する。八方塞がりだ。

誰かからものを教わるってことに嫌気がさしている。昨日、クソみたいな動画をユーチューブで眺めていた。一般に成功者と言われている人から、何か学ぶべきなのかなあ、って思って、眺めていた。でも、思い返してみると、気分が悪い。ただ、利己心を煽っているだけなんじゃないかなあ。

昨日、安冨歩さんの選挙活動を知る。嬉しくなる。その反面に、なんも行動できていない自分が嫌になったりする。素直に喜んでおけばよ、などと思う。いや、嬉しいのだきっと、何かが変わるだろう。自分に必要なものがなんなのか、考えている。

ひとまず、新しい仕事が決まったら、生活に必要な金額が手に入るだけ働いて、あとはもうぼうっと過ごそう。正直、よくわからない。どういう風に生きればいいのか、よくわからない。少しよくわかるようになったら、もっと働きたい。でも、そんな風に向こうが、俺のことを受け入れてくれるかは知らない。どうせ、受け入れてくれない。どうせ、受けれいてくれない。

好きでもない女のことを考えている。好きでもない女にフラれたことを考えている。好きでもなかったのだ。ブサイクだったから。でも、フラれたくなかった。クソが。

感情が荒れているのは、台風だから、なのだろうか。それだけのことなのだろうか。好かれたいのか。好かれている実感が少ないから、感情が荒れるのか。そういうわけでもあるまい。友達はいるし、家族もいる。感情が荒れている、と表現したところで、それは、苦しいってだけのことだ。例えば、何か暴力的な衝動を抱えているわけじゃない。どちらかといえば、内向的で、どこにも向かいたくないってだけだろう。

文章を書くのは好きなので、こうしてこのまま、意味もなく段落を変えながら、内容のない、文法的にもいい加減で読みにくい文章を書き連ねて行きたい。そんなことして、ただ時間が過ぎていくだけだろう。ディスプレイを見つめ過ぎて、目が少し疲れるだけだろう。

ああ、これまで書いてきたことすべてが、無意味みたいだ。まあ、無意味なのだろうなあ。本当は、働きたくない。あいつが悪い。あの女が悪い。そんなわけないのに。そもそも、どんな顔だったかも、思い出せない。クソみたいな匂いのする女。

所詮みんな肉。だから、近づけば、クソみたいなにおいがする。別に、くそのにおい、嫌いじゃないけど。

僕は、今、かりそめの安定を求めている。毎日、だいたい決まった時間に会社へ行って、何かしらかのことをするっていう、安定。そういう安定を手に入れたら、仕事以外の時間も安定してくるだろう。やりたいことはいくつかある。仏教の勉強。マハトマ・ガンディーについて調べること。数学の勉強。文章を書くこと。個人的な手紙を書くこと。生活に工夫を凝らすこと(僕は今、ソーラーパネルとバッテリーを組み合わせて、自家発電に取り組みたい、と考えている。)。ブログの記事を書くこと(ただ、ある程度の分量書いてきたので、あとは、不定期の日記と書き漏らしの補足でいいかな、と思っている)。文章を書くこと。武術の練習。友達と話すこと。こうして書き出してみると、やりたいことがいくつもある。実は、まだまだある。そうしたやりたいことを仕事以外の空いた時間に、丁寧に丁寧に詰め込んで行きたい。ああ、散歩も毎日出かけたい。

少し、感情が落ち着いてきた。何がしたいか、考えているうちに、未来が楽しくなったようだ。よかった。

利己的な感情がすべて何処かへ飛んでしまえば、あとは気楽なんだろうか。名誉心が、まだ、ブロック一つ分くらい残っている。ただその名誉心って、俺は俺のこういうところが好きって感情とも結びついている。俺にはこんないいところがあるのに、誰にも気づかれないなんて嫌だ、みたいな感情。

金に対する煩悩もある。欲しいものがある。衣食住は、まあ、安定している。必要な買い物以外ほとんどしなくなった。けど、欲しいものがある。何が欲しいのか、といえば、知識。自分の頭で考えたって、どうせわかりっこない、っていう諦めに取り憑かれている。誰かから教えてもらいたい、などと思っている。本当は、自分で考えて思いついたことに満足していたい。なぜって、そのほうが楽しくて嬉しいから。人から教わるのって、なんだか嫌だ。でも、人から教わらないと、肝心なことが何もわからないんじゃないかって、恐怖を感じる。まあ、多分それは、好きでもない人から、教わりたくない人たちから教わった経験があるからだろう。好きな人、教わりたい人から教わったことなら、楽しくなるだろう。

際限がないから、この辺で。少し気持ちが落ち着いて、何がしたいかの整理がついた。よかったよかった。