こっち

新しいブログを別サイトで始めた。棲み分けが必要だ。こんがらがった毛糸をぶちぶちとちぎって、あっちとこっちにわけよう。こっち側。

ブランド(品)考

ブランド(品)は、格差を是正する。

ここでいう、ブランド品とは、例えば、エルメスやグッチなど。あるいは、僕は、車に乗らないのでよく知らないのだが、メルセデスベンツとか、そういうもののこと。

まあ、簡単な話である。例えば、僕が、近所の100均で荒縄を40メートルくらい買ってきて、草鞋を編んだとする。仮に制作費216円。一方、僕は、あまり興味がないので知らないのだが、なんらかのブランド化されたシューズが、仮に一足、まあ、適当に、20万にしておく。履物という点では同じなのだが、金額上は天と地との差がある。草鞋を編むのに、特別な技術は要らない。また、時間も大してかからない。一時間もかからないんじゃないかなあ、と思う(まあ、そもそも、100均で108円で売っているスリッパを買ってきた方が楽だし早いが。)。草鞋だと走りにくい、とか、チクチクするとか、クッション性が低いなどと言ったデメリットも確かにあるのだが、屋外を歩く、散策するという役には立つ。そもそも、ブランドものにだってデメリットはあるのだ。例えば、購入時店員と話していたら、そこそこ時間がかかる。あるいは、単純な走りやすさや、異動のしやすさ、踏まれた際のダメージの少なさ、蹴った際のダメージの大きさ、などの点で、他の靴の方がより実践的かもしれない。

何が言いたいのかといえば、ブランド品を買わなくても、生活の質は、あんまり変わらないだろう(なぜ、だろう、と語尾を濁すのかといえば、僕は、それほどブランドものを購入したことがないからだ。また、超一級品は触ったこと見たこともない。なので、これら文章には、たぶんに憶測が含まれている。)。金がないなら、ブランドものを買わなければいい。いっそ、自作してしまえばいい。

また、金がある人間がブランドものを買いまくるのは、正直ありがたい。金のある人間がもし仮に、ブランド類を一切買わず、金を集めまくり、その集めた金で、例えば、奴隷なんかを買ったら最悪である。もちろん、そういう人間は稀である。また、他人を奴隷にしたがる傾向のある人間は、持ち金の多少に一切かかわらず、出現するのだろう。

おそらく、こうした、衣類や車などのブランド製造業は、簡単にいえば、所得税と似たような働きをしている。しかも、所得税と違って、金を取られる側に、違和感や不公平感は生まれにくい。満足してブランドものを買っていくのである。とても、素敵なシステムである。

お互いに、満足しあえるのが、一番だ。みんなが楽しく幸せなのが一番いい。