くうねるところ

ブログとは、そもそも読まない、か、読み流すものである(と俺は思っています。)

調味料について

久しぶりに節約についてか書こう。

方法は、簡単である。調味料類をほとんどすべて捨てる。

以上。

もちろんこれで文章を終わっては、なんのことやら訳がわからないとおもうから、補足を書く。まあ、僕としては、わざわざ補足を書くほどのことでもないと思うのだが。

一般的な家庭には、調味料類が溢れかえっている。僕の実家もそうだったし、僕の知り合い宅もそうである。醤油、味噌、砂糖、塩、みりん、あたりまでならわかるのだが、さらに、オイスターソース、ポン酢、ゆずポン酢、麺つゆ、トンカツソース、中濃ソース、焼肉のたれ、ケチャップ、マヨネーズ、ゴマだれ、しゃぶしゃぶのたれ、具体的な名前は思いつかないけれど、記憶を辿れば、このくらいの調味料が存在していたのではないかな、と思う。で、素朴な疑問なのだが、これほどの数、および量の調味料が、はたして本当に必要なのだろうか?もう少し、節約に引き寄せた疑問として、もし、これら調味料の数を減らすことができたら、家庭の支出が減らせるのではないか?

調味料を多用することの欠点を挙げるのは簡単である。つまり、知らず識らずのうちに塩分を多量に摂取してしまう、である。ほぼすべての調味料に塩分が含まれている。しかも、それぞれの調味料にどの程度の割合で塩分が含まれているのかを、把握されていない場合が多い。多数の調味料を使い分けてしまうと、自分が一日どの程度塩分を摂取していたかの概算が難しくなるのである。

現代の日本には、ほんとうにたくさんの調味料や食品が溢れかえっている。でも、そのすべてが、僕たちの生活に必要なのだろうか。僕たちが健康的に、しかも美味しさを楽しみながら生きるために、必要な調味料食料ってごくごく限られた品なのではないだろうか。

たとえば、マヨネーズ。コレステロール値が気になる人向けに、「コレステロール半分」などと謳われたマヨネーズが販売されている。でも、素朴な疑問として、もし、本当に、コレステロール値が気になるなら、そもそもマヨネーズを食べなきゃいいだろう、と思うのである。もし、マヨネーズを食べることをやめられない、というのなら、それは軽い依存症、中毒である。今すぐ、仏典を学ぶべきだ。で、煩悩をコントロールする術を身につけたらいい(精神病院に相談にいく、というのも手だけれど、病院に複数回通院するより、仏典を二、三回通読する方が気楽である。依存症や中毒とは、仏教用語で言うところの煩悩をコントロールできていない状態、煩悩に振り回されている状態である。なら、煩悩をじっと観察し(止観し)、煩悩のあり方を制御する技術を身につければ、問題解決するのである)。

この世の中には、過剰なものが過剰なまま放置されている。カロリー摂取を抑えたいなら、ダイエット食品を食べるより、食事量を減らせばいいだけである。そうすれば、食費も減り、お金も余る。僕たちは、お金を浪費することにあまりに慣れきっている。

調味料を多量に摂取すれば、当然、塩分も多量に摂取することになる。また、調味料のなかには、化学物質が使われているものもある。結果、脳卒中血栓などのリスクが高まる。僕たち文明人は、クソのような矛盾を侵している。たとえば、TVで芸能人どもが畑のレポートをする際、おきまりのように、とれたての野菜を生のままかじり「やっぱり、いい野菜は生でもおいしい」などとほざく。で、その一方で、似たような芸能人どもが、料理屋のレポートで、ドレッシングまみれのサラダをさもうまそうなリアクションを取りながら、食している。生で食うのがうまいのか?ドレッシングまみれがうまいのか?どっちかにしろよ、と思ってしまう。まあ、レポートしている芸能人は別人なわけだけれど。まあ、いちゃもんである。単に、僕がTV嫌いなだけだ。芸能人どもは、一貫性が著しく欠如しているから嫌いである。

で、話はもどるのだけれど、別に、調味料をかけなくても、うまい食材はたくさんあるのである。にも関わらず、惰性で調味料を使用し、結果、血栓等のリスクを挙げるのか?それは、ただの火遊びであり、浪費ではないのか。

調味料なんて、味噌と塩と砂糖があれば十分なんじゃないかなあ、って思う。というか、味噌一つでもいい。今、手元の味噌で確認したのだが、味噌一キログラムあたり、118gの塩分が含まれているそうである。味噌汁いっぱい飲むだけで、一日に必要な塩分は賄えるということだろう。