絵具で模様替え

この頃、自室内でちょくちょく落書きしている。

落書きっていうか、水性絵具を、本棚やポスターに塗りたくっている。絵でもなければ文字でもない。ただ色付けている。自分で色付けした家具やポスターは、自分のものって感じがして、居心地の良さが少し上がる(気がするので)。自室なら、自前の家具類なら、誰の文句も被らないから。

飽きるまでやって、飽きて来たら、洗い落とす予定。

意外と、簡単に、居住空間の雰囲気って変わりうるようです。

f:id:cloudchild:20180719081503j:plainダリの「動きのある静物」って絵のポスター。本物には落書きしちゃあかんやろうけど、ポスターなら、ね。

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足の裏に絵具を塗りたくり、いたるところにスタンプした、そのうち一つ。

もっとも原始的なスタンプの形かもしれない。

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ふっと、落書きしたくなった。最初の落書き。

 

子供の頃、よく、実家の壁に落書きをしたものだ。ハンバーガー型の生物を書き付けていた。子供の俺からしたら、その生物の存在が可愛らしかったし、描いていると、眺めていると、わくわくしたものだ。母親には、よく叱られていたけれど。今となっては、母親がその落書きを嫌がった理由もわかるのだが、落書きのある部屋にも、良さがあるんじゃないかなって気持ちも母に共感する気持ち以上にある。母には、様々な点で(たとえば、手作りのお菓子を作ってくれた点。そのほか、俺の健康に気を使ってくれていた点。俺を自由奔放にさせてくれた点、などなど)感謝しているけれど、落書きくらい、大目に見てもいいんじゃないかな、と思う。いっそ、大人も子供と一緒に落書きするくらいでも。たとえ賃貸でも、この先引っ越す予定がないならば、いくらだって落書きして構わないだろう。

自分で書いた絵には、思い出が宿る、と思う。きっと、十年後、ふっと、この落書きを見つめ、「あの時俺は・・・ああ、こんな感じの気持ちだったのだな」と自分の感情を呼び覚ますきっかけになる。過去の感情などどうでもいいじゃないか、って意見もある。まあ、それはそれで一つの意見。否定はしないよ。でも、まあ、それはそれで。価値観は人それぞれであるわけだから・・・。

僕たちは、自分たちに必要なものを自分たちで作らなくてもいい社会に生きている。でも、やっぱり、自分たちに必要なものくらい(例えば、自動車に乗る人は自動車を自作できたら楽しいだろう)自分たちで作りたいなあ、と僕は個人的に思っています。冷蔵庫。布団。衣類。履物。椅子。机。パソコン。包丁。鍋。まあ、こうして文字にして列挙すると、道のりはながいなあ、と感じますが。包丁とか、どうやって作ろう。冷蔵庫とか・・・。で、まあ、その最初の一歩として、部屋中自分好みの色彩にしてしまおう、という今日この頃である。

まあ、うん。ぼちぼち生きます。