あたしの新聞 第一号

あたしの新聞 第一号 発刊日 2018/8/1

 

これは、あたしの新聞である。なんだ、それって話だろうけれど。

あたしがあたしの身の回りのことやあたしが考えたことをコラム形式で書いていく。たまに時事ネタもある。つまり、あたしが全文に多少の責任を負う、あたしが全文の作成に当たる、あたしがあたしの勝手で発表する新聞なのである。

勝手に書き、勝手に発表する手前、勝手な内容が書かれております。書いていく予定であります。天気予報とか、ありません。あと、国際政治とかも。今のところは。

今後の予定は未定です。

さて、始めましょう。

 

目次

 

・いらない仕事「草刈りの仕事」

あたしの認識では、この社会、つまり、あたしがくらすこの日本の社会は、いろんなしがらみでがんじがらめになっており、その結果、いらない仕事がうじゃうじゃと放置されている。いらない仕事って何か?といえば、よくよく考えてみると、誰の役にも立っていない仕事、あるいは、ほとんど役に立っていない仕事、あるいは、ちょっと見方を変えたらその仕事やらなくてもいいんじゃない?って思われる仕事のことです。もちろん、何を「いらない仕事」or「必要な仕事」かはあたしの独断、偏見に基づくわけですが。で、この「いらない仕事」のコラムでは「いらない仕事」について、あたしが偏見まみれであーだこーだと呟くわけです。時に、知識不足ゆえに、誤ったことも呟くかもしれません。あたしの誤りに気づかれた方はどうかご指摘くださいませ。

(以上前書き。以下本文)

先日、近所の、なんていうんでしょう、公園横の斜面、普段は何の手入れもされておらず、草花が伸び放題な地帯が、一気に草刈りされていました。おそらく市の委託だと思うのですが、暑い中機械を使って草花を刈り飛ばしていたわけです。で、あたしは思うんですね。この仕事必要?

草花、および、そこに巣食う虫たちを大量に殲滅するだけの仕事本当に必要なのかなあ?と。だって、普段、誰も使わない場所なんです。そこをただ夏になり、雑草の背丈が伸びてきたってだけで一気に刈り取る意味あるんでしょうか?

もっと言えば、雑草が生い茂っていることは、ある一面ではいいことでもあるんです。たとえばそこには、春になればつくしが生える。春がやや過ぎれば、日本蒲公英(にほんたんぽぽ)が花開く、春の終わりから今頃にかけてはよもぎが伸びてくるんです。何が言いたいか、と言えば、つくしにしろ、タンポポの花にしろ、蓬の葉にしろ、食べられる野草なんですよね。たべられる野草が豊潤にあることは、子供達の知育にも役立てられるのではないか?というのがあたしの考えです。また、ごく普通に、日常の食生活の中でこれら野草を活用するのも楽しいことじゃないのかな、と。

通勤通学帰り、よもぎの葉を何枚かちぎったり、つくしを二、三本もらったりして、「ただいま。はい、これお土産」みたいな。

というわけで、無思考に、草花を伐採することに、あたしは反対です。あたしは都市部に暮らしているわけですが、大都会の片隅だって、里山化することは可能なのです。くだらない「草刈りという仕事」をなくせば。(とはいえ、草刈りをされている方にたいして攻撃する気はありません。草刈りというへんてこな仕事があるこの社会に対して、それってどうなの?と非難しているに過ぎません。)

(以上本文。以下後書き)

ちなみに、あたしが主張するように、山のようにある「いらない仕事」群をばっさり無くしてしまうと、雇用がなくなり、失業者が増えるのでは?という懸念が想定されます。でも、あたしはそれでいい、と思うんです。なぜか、見方によっては、大学生高校生だって、仕事をしていない=失業者と捉えられるから。仕事がなくなった方は、学習に勤しめばいい(その間の生活費は、低額にしろ国が支給すればいい)、そして、仕事が見つかれば、再び仕事を再開すればいい。つまり、失業率が増える=市民の知的レベルが向上する、という仕組みを作り上げればいいんです。知的レベルが向上すれば、自然、国全体の生産力も向上するはずです。失業率など2、30パーセントあっていいんです。仕組みさえ整えば。

以上の主張は、暴論のように感じられるかもしれません。また、以上の点描のみではおそらく暴論でしょう。なので、以上の失業=学習期間論は、おいおい補足記事をだせたらなあ、アイデアの追加ができたらなあ、と考えています。

 

・あたしが政治家になったら~こんな貧困対策、どうでしょう?~

先の記事が思いの外長くなってしまったので、今回は端的に。

あたしが政治家(地方自治の首長とか)になったら、公園という公園、街路という街路に、「桃、栗、柿、枇杷、梨、竹」などを植林していきます。

目的は、貧困対策と豊かな教育のため、です。

お気づきかと思いますが、先ほど挙げた植物は全て食べられるんですね。貧困対策になるのはもうおわかりでしょう。お金が少なく、食が侘しい人たちはドシドシ、植林から果実やタケノコなどをもいで食してください。一方、なぜこの植林が豊かな教育につながるのか?これも少し考えたらお分かりいただけると思います。「植物ってこういう風に実がなり、そして食べられるんだよ。しかも、うまい」ということを身を以て子供達が体験できる。わざわざ家族づれて、「いちご狩り」とかに出かけなくて、いいのです。

公園という公園に柿の木があり、そして、秋になるとその柿を、誰でも好きな時にもいでその場で食べることができる。素敵だと、思いませんか?

お金を配る、教材を配る。学費を抑える、ただそれだけが貧困対策や教育政策では、ないと思うのです。

やや蛇足ですが、例えば、小学校などで、校庭の片隅に、新しく入学した小学一年生たちと柿の種を植えるのはどうでしょう?うまく芽吹くかはわからないけど、もし、うまく芽吹いたら、6年間かけて、植物の成長を観察できるわけです。素敵だと、思いませんか?

もう一つ蛇足です。春になり、ソメイヨシノを眺めて、素敵だなあ、と思う、花見をする。そういう文化が日本にはある。でも、よくよく歴史を調べてみると、ソメイヨシノとは、日本が日露戦争に勝利したことを記念して日本中に植林された植物なんですよね。つまり、戦争を象徴する花でもあるわけです。実のならないソメイヨシノばかり植えていないで、柿の木を植えようよ、とあたしは思います。ソメイヨシノに罪はないけど、あまりにソメイヨシノばかりってのもね。

 

(あ、一応、断っておきますが、あたし自身は、政治家になりたい、とは思っていません。ただ、あたしのアイデアをどの政治家も採用しなさそうなら、いずれあたしがその任にあたらねばなあ、とは思っております。あたしにだって責任感はあるから。ただ、面倒臭いし、政治に向いていない風来坊なあたしなので、だれか、そういうの得意な方、あたしの代わりに働いてください。否、市民のために働いてください。)

 

・不思議な常識

このコラムは、普段あたしたちがなにげなく、「それってあたりまえのことだよね」とか「それって当たり前のマナーだよね」とか思い込んでいる、常識について「いちゃもん」をつけるコーナーです。

犬のうんこは飼い主が持ち帰らなければいけない(常識ですね)そうですが、別にもちかえらなくてもいいんじゃないかなあ、とあたしは思うんですね。なぜか?理由は、以下の2点です。1)うんこなんて所詮有機物です。雨が降れば勝手に流れていきます。2)例えば、山に暮らす猿たちは野糞を垂れ放題です。でも、それで山は汚れません。犬のうんこだって同じなのでは?

飼い犬がうんこした際は、もし、犬がうんこしたのが人々が行き交うアスファルト道であったならば、そのうんこをサクッとスコップですくって脇の雑木林にでも放り投げておけば良いのです。きっと、肥やしになるでしょう。

 

・新学習論~学校に行かなくても~

あたし自身義務教育はだいたい二年間(小学一年と小学六年、および中学一年の一学期のみ)鹿受けていないってこともあって、公教育には不信感丸出しです。あたしの考えでは、そもそも、学校じゃなくてもいろんな場所で子供は学べるよ、って思うんですね。で、このコラムでは学校以外の学びの場をあたしなりに紹介してみようって場。

YouTube使えます。まあ、どんな動画を見るか、によるけれど。また、違法アップロードなどの問題もあるけれど。たとえば「食品添加物」「志賀直哉」「宇野弘文」などといったキーワードで検索してみてはどうでしょう?もちろん、他のキーワードでもいいと思います。「三島由紀夫」とか。

 

・あたしの遊び

人生って結構暇です。なので、このコラムではあたしなりの遊びについて書こうと思います。

先日した遊び。1)近所の図書館から講義録を借りてくる。2)講師および出席者の気分でその本を音読する。

なかなか、臨場感を感じられ、面白かった。

 

・あたしなりの節約~年単位の家計簿

あたしは家計簿をつくるのがあまり得意ではない。面倒なのだ。で、以下、あたしなりの超気楽な家計簿の付け方である。

発想の転換。未来の家計簿をつければいいのです。

具体的には、1)月々の生活に欠かせない諸費用を概算する。2)その概算結果かける12ヶ月を計算する。以上です。

あたしの場合は月々の費用が、家賃でだいたい3万円。光熱費でまあ、一万弱。食費でだいたい3万円。以上が生活に欠かせない諸費用であり、合計七万円。で、その十二ヶ月分は、84万円です。つまり、年間84万円確保しておけば、あたしはごく平然と生きていけるってわけですね。ちょろいちょろい。

このようにこの先一年間生活に必要な費用を計算しておくと、気分が楽になるかな、と思います。計算結果より年収が上回っていたらそれだけで気楽であるし、もし、計算結果以上の貯金があれば、税金や年金、健康保険料分さえ稼いでおけば、生活費に困らないってことになるわけだから、とても気が楽です。

また、人間一人1年間暮らしていくのに、大した金かからないんだなあ、という発見にもつながります。

ちなみに、やや蛇足なのですが、もし、あたしが一人暮らしからシェアハウス生活に移行できたら、家賃1万五千~2万、光熱費1万、食費2万合計55千~6万まで落とせることなり、年間だいたい72万。うまいこと家賃の安い地方へ移住できれば、年間六十万で普通に生きてけるようになる計算です。

家計簿というのは、未来のしかもかなり大雑把な範囲で計算すればいいんじゃないかな、と思う。で、時たま検算する、それで事足りるのではないかしらん?

 

・あたしのこれまでについて

このコラムでは、あたしというにんげんについて多少なりとも開陳するコーナーである。まあ、自伝です。

まあ、時を追って説明しましょう。

1)1993年生まれる。2)3歳ごろ通っていた幼稚園に拒否反応を起こし、人生初の不登校に。自由放任的な大学付属の幼稚園に転園する。3)不登園時、母が気に病み、あやしげな占い師に占ってもらう。結果「この子は将来犯罪(暗に性犯罪をほのめかされる)を犯し投獄される、もしくは天才として歴史に名を残す」とのこと。4)その転園先の一つ年上の子に恋をする。異性を意識し始める。5)四歳ごろオナニーを覚える。

以上。毎回5項目くらい開陳します。

 

・これからについて

この新聞は書いていてなかなか面白いのであるが、あたしはほかにもやりたいことがある。新聞であるからには、やはり日刊紙でありたいものである。が、やはり、他にもやりたいことがある。兼ね合いである。というわけで明日以降も日々更新されるかは未定である。

 

・日記

昨夜は、近所のお坊さんに仏教を学びに行く。どうにも、気分が暗い一日であり、生きていてもしょうがないよなあ、などと連綿と思う。お坊さんの話は、大学の講義を思い出す。面白いような、面白くないような。ただの雑学だよなあ、という思いも生まれたし、知識以外にもお坊さんの所作とか話し方などから学べることはあるよなあ、と思ったりした。話に気を取られていたからだろう、死にたい気分は忘れてしまった。その後、自宅へ帰るまでの間、なぜかひたすら買い食いをした。何かに突き動かされるように買い食いをした。いろんなことがよくわからなくなった。あたしは普段ほとんど肉食をしないのだが、肉食をしないというこだわりがよくわからなくなり、ファミチキを食べた。スパゲッティを食べた。コーラを飲んだ。ピノを食べた。ドーナツを食べた。レッドブルを飲んだ。黒ラベルを飲んだ。缶チューハイを飲んだ。キッシュ?ってやつを食べた。気持ち悪くなった。ちなみに、コーラと缶チューハイは途中でもう、飲めんわってなって捨てた。あたしの中では非道徳的な行いを気分が悪くなるまで続けた。少し、気が楽になった。肩の力を抜く感覚が、少しわかった。

 

・哲学

あたしは哲学が好きで、まあ、あたしなりの哲学をここで展開しようと思ったのだけれども、もう時間もいい感じなので、またいつかです。

なにか、思いついたら書き足しましょう。

 

・広告

広告です。なんか新聞っぽい。いいね。

えーっといろいろ募集です。

具体的には、「私の代わりになにかしらかの記事を書いてくれる人」「あるいは単発コラム」「シリーズコラム」「写真」「お褒めの言葉」「書評記事(あたし自身本は好きなので本にまつわるコラムを書きたいなあ、と思っているのですが、書評って何書けばいいのかわからなくて)」「時事ネタ」「その他、あたしとは違う視点(ただしあたしに好意的)」「その他」

まあ、こんな感じです。やはり、文章を書くのは楽しいですね。以後、お見知り置きを。