私たちに今できること

私は常々スーツ姿の会社員たちが不憫でならなかった。暑かろうに。

なんじゃあの不合理なスタイルは?でも、スーツを着る=社会的マナー=クソ常識だから、クールビズなどと歌ってみたところで現状はかわらんかった。

私は会社経営をしているわけではないから、従業員に向かって「君らスーツ着るのやめ給え」などとの給えなかった。また、道ゆくスーツたちに「んなもん脱いだらええんちゃうん?」とも言えなかった。友達じゃないからだ。

 

で、私は先ほどふっと思ったのだ。私がもっともっとラフな格好で出歩けば、彼ら(従業員にスーツを強要する会社経営者だったり常識人だったりする連中)に働きかけられるのではないかしらん。私が勝手に現在のこの日本における衣服文化を書き換えて仕舞えばいいのではないかしらん?夏場鴨川で半裸で寝そべるおじさんたちみたいに。

 

というわけで、下着姿でうろついてみた。

まだまだ夕方とは言え夏は暑い。が、下着姿は風通しがよく、凄まじく快適であった。みんなも下着姿になれば良いのに、と思うほどだった。

 

スーツ同様子供達への制服の強制も実は異常なことなのだ。けど、そうした異常自体を前に、学校や教育団体に向かって「んな御無体なこと子供らに矯正するってあんたら精神異常社ですか。おかしいよあなたの頭」とは言えないのである。理由は友達ではないからである。

 

でも、そこで泣き寝入りしたくないし、泣き寝入りしたってつまらない。ようは、私自身が勝手に、本当に好き勝手に好き勝手な格好で出歩けば、済む話なのである。

 

話は微妙に変わるが、以前、中国などで繊維染の仕事に従事されている方々が化学染料に侵され慢性的皮膚病を患っているというニュースを目にした。私はその際ふっと思った。「そこまで誰かが苦しんでまで、服に色なんかいらないよって」衣服を使って、自己表現する人々はいる。でも私は、このブログで勝手に自己表現をしている。衣服の色を指定してまで、自己表現に淫する手合いではないのである。

なぜ、人々はわざわざ衣服なんてしちめんどーなことで自己表現するのであろうか。不明である。文章の方がらくだろうけれどなー。と私などは思うのだが。

 

閑話休題

ともあれ、スーツ着用について違和感のある会社員どもは、たとえば休日中下着姿で出歩くとか、社会の窓あけっぱなしで出歩くとかして、「そんなに常識的な衣服でであることが大切ですか?」と態度で持って社会に問いかけるといいと思う。デモってデモンストレーションの略なんでしょう?だったら、行進することだけがデモじゃないはずなんだよ。

子供達もどうようであり、制服着用に違和感を感じているなら、休みの日などに私服で持って学校へ行ってみたらいいのである。私服で過ごそうが制服で過ごそうが学校という場も自分たち自身も変わらないってことをデモすればよいのだろう。まあ、そこまでしなくてもいいけど。

要は、色々方法はありますよということ。