くうねるところ

ブログとは、そもそも読まない、か、読み流すものである(と俺は思っています。)

日記7

本日は愉快であった。

なんだかんだいって、予定通りに起床できたことが愉快の始まりだったように思う。この頃、どうにも、夢が楽しく、二度寝三度根が当たり前だったのだが、そろそろ夢にも飽きてきたようで、本日は割とすんなり起きることができた。

散歩がてら近所の公園を回る。木々がめちゃくちゃに倒れており、楽しかった。これまでも台風や雷などで倒木することはあったのだが、今回はその数が違った。なかなかでかい公園なのだが、だいたい七、八本、いや十本前後はたおれていたんじゃねえかなー、と思う。四、五本に一本は倒れていた。すごい話だ。ふと不思議に思うのは、密集して生えていた公園の松の木やら杉の木やらがバタバタ倒れているのに対し、まばらに一列になって植わっている街路樹がほとんど倒れていなかったことだ。若木が一本傾いていたが、倒れるには至っていなかった。街路樹というやつは、嵐などの災害時に倒れにくい樹木を選んで植えているのだろうか。だとしたら、なかなか考えられている。ただ、街路樹といえば銀杏だろうと無思考にウエラ得ていたわけではないのかもしれない。わかんないけど。

で、公園を散策した後、そのまま京都へ出かけた。近代美術館へ。東山魁夷とかいうやつが展示されていたのだが、どうにも人でごった返していた。平日の昼間といえば、美術館は穴場スポットのはずなのだが、私が知らないだけで、東山魁夷というのは京都でカルト的人気を博しているのかもしれない。なかなかいい絵が多かった。美術館後は、その辺の寺社仏閣を手当たり次第に参拝した。みんな台風の後始末にわらわらしていた。私は外人フェチなのか、外国人旅行者がいるとついつい目で追いかけてしまう。なんとなくだけど、わざわざ日本まで旅行に来てくれるなんて、ええ人らなんやなー、と無批判に感受してしまうのだ。その実態は知らない。強姦目当てで、日本までやってくる輩もいると聞く。何はともあれ、旅行中の人々というのは基本的に満面の笑顔である。眺めていてこれほど楽しいものって珍しい。屋台がぶっ壊れていたり、大木の枝葉がごっそり抜けおちていたりと、寂しい景色も垣間見ながら、なかなか心温まる観光であった。おそらくキリスト教圏であろう外国人も寺社仏閣に参拝するってのがちょっと不思議だった。日本人がクリスマス祝うように、よその国の人々も宗教って枠組みからはみ出しつつあるんだろーな、と勝手にあて推量。

日中出歩いたから程よく眠たい。実は本日は、太陽の光を浴びてメラトニンを合成しまくるって裏目標があったのである。京都にて中途道に迷ったおかげで、多分、二時間くらいは歩いた。がんがんに太陽を浴びまくった。気持ちよかった。帰りの電車ん中でことんことんと眠りこけていた。

そういえばなのだが、国立美術館友の会というのがあるのだが、なかなかよろしい。というのも、たしか、年会費三千円で国立美術館博物館に一年間ほぼ無料で通えるのである。というわけで、本日の出費は、電車賃360円とミネラルウォーター100円のみであった。京都まで出かけて、小銭で済むというのはありがたいものだ。ちなみに昼飯はとらなかった。腹が減らなかったからだ。この頃私は一日朝晩の二食なのである。京都にはうまそうな店も多いのでついつい何か食べたくなったのだが、とどのつまり腹も減っとらんし、腹もへっとらん状態でなんか食ってもうまかないし、で食わないでおいた。先ほど、帰宅し、そのまま、スーパーへ買い出しに出かけ、梨を4玉買って来てガジガジと食らった。昼を抜いているから、程よく腹が減っておる。うまかった。ただ、3玉でよかったな。4玉はちと多かった。スーパーは台風の影響で品薄であった。木曜日は鶏肉デーなので、鶏肉を買いたかったのだが、残念ながら精肉コーナーはすっからかんであった。明日は、鶏肉に代わり、するめいかである。

さて、今日の残りは読書の時間。楽しみである。