こっち

新しいブログを別サイトで始めた。棲み分けが必要だ。こんがらがった毛糸をぶちぶちとちぎって、あっちとこっちにわけよう。こっち側。

日記8

昨日は隣戸のTV音に起こされる。少しイライラする。せっかく、気持ちよく寝付いていたのになー、と。つっても、私が特別早寝なだけで、十時くらいに報道番組を隣の野郎が見ていただけである。イライラしちゃったので、八つ当たり済み、気持ちはそれなりに清々している。二度寝しているので、睡眠時間もバッチリである。昨日は、台風の被害を検分しに京都まで出かけていたので、レム睡眠を活用して記憶の整理をする必要が大いにあったのである。というわけで、大いに寝る。確か、夜八時くらいから眠り、十時に目覚めさせられ、クソが(といいつつ、それほど怒ってはいない)、三時くらいに起床するのだが、二度寝して、七時くらいに目覚める。一度三時に起床時、要は、トイレへいくための起床だったのだが、立ち上がった瞬間に、眠り崩れそうになったので、こりゃ二度寝は必至やなあ、と思う。私は寝つきが良すぎる分、中途で目覚めさせられると、クソが(といいつつ、それほど怒っているわけではないよ)、その分、余計に眠りたくなるのである。私は眠るのが好きなのだ。そういえば、夜間、夢の中で、膀胱の中身がおしっこから、おいしい牛乳に変わるという夢を見た。せっかくの美味しい牛乳なのだから、トイレで放出するのではなく、コーンフレークにかけなくては、という強迫観念にかられ、なかなか現実のトイレへ行く気になれなかった。膀胱はパンパンなのだが、夢の中で、ひたすらコーンフレークを探し続けていた。コーンフレークにおしっこをかけたいのだが、なかなか見つからないという夢であった。気がする。夢なので、よく覚えていないのだ。まあ、そんな夢だった気がするというだけ。本当は、もっとばかばかしい夢だったかもしれないし、もしかしたら、もっとまじめな国際政治について論考する夢だったかもしれない。おしっこを我慢しながら、世界平和について演説するような夢だったかもしれない。その最中に、なぜか、膀胱の中身が、おしっこからおいしい牛乳に変わるのである。それはそれで、阿呆らしいなあ。てか、私は、夜中のテレビ音が大っ嫌いである。報道番組だろうが、夜中にテレビ見んじゃねーよ、と結構とげとげしく思ってしまう。つーかなー、なぜ、お前らが報道番組わざわ見ちゃうか知ってるかー。それは、馬鹿な友人しかいないがためである。もしも、お前らに知能指数180相当の友人が五、六人いたら、わざわざバカの作ったバカ報道番組など見なくて、それなりに、この世界について大づかみにつかめるはずなのである。友達との会話からだいたい世界が見えてくるはずなのである。お前らが、馬鹿な奴ら、つまり、知能指数3くらいの虫けらどもとしか付き合わねー、エフィカシーガン下げ野郎どもだから、報道番組なんてくだらねーものを見るのである。私の隣人もそうした連中の一味だ。まあ、悪い子じゃないんだけど。頭は悪いけど。ちなみに私の知能指数は三億である。なので、友達がゼロ人でも、わざわざ報道番組を眺める必要はない。あ、ちなみに、友達は、ゼロ人でも、ってのは反実仮想ってやつである。現実には、友達は何人かいる。みんな頭が良く、トモと私の知能指数を合計すると、十五億くらいに及ぶ。平均知能指数一点五億である。すげえなあ。我ながら。ウルトラマンみたいだ。ウルトラマン知能指数もウルトラ級なのだそうだ。昔、なんかの本で読んだ。うろ覚えだけれど、3000とか、そんなだったかなあ。ちなみに、仮面ラダーの知能指数は500とかだったらしい。大したことない。何はともあれ、テレビ番組は、放送大学の授業を除けば、馬鹿の見るものである。で、その馬鹿は友達も馬鹿だから馬鹿なのである。やれやれだ。かわいそうに。そもそも、夜間の報道番組を眺めることで、あなた方にどんな利益があるっつーんだろうか。利益不利益なんてそんな現世欲求的なことでテレビはみませんよ?じゃあ、なぜ見るのだ。ただの惰性か。まあ、習慣化しちゃったんだろうなー。もしも、と考えて見たまえ。もしも、あなたのこれまでの日本製のニュース番組視聴時間全てを使って、BBCニュースとかみていたら、あなたはとっくの昔にバイリンガルである。多分。で、反面、日本のクソなテレビ見ててなにかいーことあんのかなー。爆笑問題おもしろい。面白いよなー。でも、古舘さんはなんかうるさい感じがしてあんま好きじゃない。私の好みの問題なのかもなー。ニュース番組なんて、サンジャポで十分な気がするけどなー。ともあれ、私の隣人は一日三時間くらいニュース番組を見ているのである。そんな見なくてもなー、てか、もっと防音の効いたアパートに住みたい。私は親切だから、ついつい思ってしまうのである。テレビ見ると、頭悪くなるし、時間の無駄が多いから、見るのやめればいいのになあ。と。一人で寂しいなら、一人膝を抱えていればいいのである。