日記12

肩の荷が、降りてしまった。時折、私の肩から、荷が、ひょい、っと降りていく。私がふり落すんじゃなくて、相互了解ののち、ひょい、ってどっかへ降りていくのだ。そういうことって、私の場合はよくある。小学校をやめるってのもそれだったし、中学校を止めるってのもそれであった。学校ってもんにこだわる必要ないなー、って私の方で理解が進んで、で、向こう側(ここでいう向こう側、とは、学校法人そのものではなくて、もっと向こう側、この世界の仕組みとでもいうべきものだ。わかりにくい表現かもしれないが、想像力で理解してほしい)でも、うん、ええよええよ、と笑ってお別れするのである。で、それが、ついさっきてか、まあ、三時間くらい前かなーやってきた。本棚の本がごっそりどこかへ消え去ることとなった。根源的な興味を抱けない書物たちとのさようなら、である。また、どこかで出会うことがあるかもしれないけれど、その時は、赤の他人である。この頃、やめようか、やめるまいか、迷っていた武術ともさようなら、である。たぶん。たぶん、だけど、やめるだろう。だって、私、別に、強くなりたか、ないのだもの。現代美術との繋がりも、ぬけさるだろう。すぐにってわけじゃないだろうけれど、今年中にさようなら、だろう。さびしくはない。肩の荷が降りるときって、全然寂しくないのである。これまで、大切にしよう、大切にしようと思ってきたものたちとのお別れであるのだが、全然寂しくはない。全然寂しくはないから、こんなあっさりお別れできるのだろう。

肩の荷を降ろすことは、きっと、私にとっても、私以外の人間たちにとっても、大切なことなのだろう、と思う。肩の荷を下ろさないと、どんどんどんどん、自分が迷子になってしまう。自分なんてものは、存在せんのかもしれんが、なんというか、すごく、カチコチになってしまうのだ。背負ったままでいると。たとえば、ずーっと小学校ってものを背負い続けていると、60歳になっても、70歳になっても小学生のままなはずである。小学校なんて、さっさと卒業してしまった方がいいのである。六年生を待つまでもない。9歳とか8歳とか、「じゃ、私は先に行くので」と卒業してしまうのがいい。この世界には、卒業できない事柄はたくさんある。会社とか、坊さんとか、坊さんだって、さくっと悟りを開いて仏教を卒業するか、さもなくば、悟りなんてどうでもいいわ、と仏教を捨てるかした方が、気楽なはずである。男という性別にしろ、女という性別にしろ。母にしろ父にしろ、子にしろ。飼い犬ってステータスにしろ。まあ、適当であるが。

バラードの短編を読んでいて、ふっと肩の荷が降りた。不思議な感覚であった。「あ、この短編私なんかしらんけど好きだ」って思ったら、肩の荷が降りた。次の瞬間、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』本棚の隅に追いやっていた。なんとなく、『利己的な遺伝子』くらい一般教養として4度館とあかんかなー、と思って読み進めていたのだが、「私、この本(利己的な遺伝子)興味ない。興味があるのは、バラードとか、夏目漱石とか、志賀直哉とかだ」って思ってしまったのだ。で、多分、それでいいのだ。いや、それでいいのだ。リチャード・ドーキンスに関していえば、『神は妄想である』は面白かったのだが、遺伝子など、私にとって、あってないようなものなのだろう。多分、私は無意識のうちに、遺伝子なんてものの存在を前提にこの世界を眺めていないのだろう。

ものづくりって変だよなー、と思う。ものづくりってのは要は「俺は俺の好き勝手にやるぜ」ってことだ。この説明じゃ、わかりにくいかなー。つまり、好き勝手に己が感性に従っても乗って作られるわけなのである。で、でも、それが普遍性とつなげて捉えられたりする。それって、変なのだ。どうして、そう、ヘンテコなまるで真逆な組み合わせを人々は試みるのだろうか。などと私は思ったりする。

そういえば、夕方の散歩時「あ」ってこtについて、考えを巡らせていた。すべては、「あ」なんじゃねーかなー、と。「あ」という平原を見下ろしているのではないだろうか、私たちは。まあ、私自身、何を行っているのか知りません。知らんでもいいでしょう。そのうちわかるから。

ふっと思ったのだけれども、知るってこととわかるってことは、全然別のことなんだね。