こっち

新しいブログを別サイトで始めた。棲み分けが必要だ。こんがらがった毛糸をぶちぶちとちぎって、あっちとこっちにわけよう。こっち側。

日記15

仕事から帰ってきた。一心地ついている。仕事が終わっても、タイムカードを押しただけでは体も心も脱力しないようだ。家に帰り着き、温かいシャワーを浴びた途端、体の輪郭がぼやけるような心地よさに浸ることができた。少しずつ軽減しているのだが、まだ、新しい仕事に対して、ストレスを感じる。仕事中、いらいらイライラしてしまうのだ。まあ、そういう時期なのだろう。というわけで、帰りがけに、ケーキ屋にてモンブランを。コンビニにて菓子パンを購入する。さきほどまで、むしゃむしゃ食していた。甘いものを食えばストレスが軽減するのだから、私の体も単純なものだ。扱いやすくて重宝している。やはり、菓子パンより、モンブランの方が、ストレス減少率は高いかなーという印象。しばらく、仕事明けにストレスを感じる際は、ケーキ屋を利用することに決める。今回初めて利用したケーキ屋なのだが、なかなか美味しかった。

この頃、私はよく怒っている。正直、そろそろ気が狂ってしまうんじゃないかなー、ってところまで怒り心頭することもある。まあ、ようは、これまで怒るのを我慢してきたから、その反動なのだろう、と思う。怒って怒って怒りまくると、なぜか、ふっと、怒ることにどうでもよくなり、肩の力が抜けるから不思議だ。今しばらく、私は怒り続けるのであろうが、そのうち、怒るのにあきて、今よりもっと自由を感じられる気がする。

雨が降り続いているためか、それとも、この間のタイフーンで、巣が壊れてしまったのか、よく、カラスたちを見かける。先ほども、二羽のカラスが、駐車場で仲良くつつき合っていた。カラスというのは、特別に天敵もいないし、かといって群れで狩をするわけでもないのに、ああして、数羽の同類と仲良くしているのが不思議だ。楽しそうで何より。

仕事からの帰りしな、街路樹を観察する。これまで気づかなかったのだが、先端の枝がところどころ折れている。色の濃い老齢の街路樹ほど、折れている確率は高く、青々とした若木には、ほとんど被害がなかった。年輪を重ねるほど、弾性がなくなり、ポッキリいってしまうのだろう、と思う。樹木に対し、若さと老いを初めて感じたかもしれない。葉の色、幹の色からして、人間同様、樹木にも、若者らしさとか、老齢さが現れるようだ。

そういえば、仕事帰り、ひたすら頭の中で「おまんこおまんこ」と唱えていた。ザ・タイマーズってバンドの偽善者って曲のメロディーでひたすら「おまんこおまんこ」だった。また同時に、ナンセンスな文章で埋め尽くされた国語の教科書について夢想する。言葉の可能性を無限大に拡大するような、ナンセンス文。もう、初めから終わりまで、二、三十字ほどのナンセンス文で埋め尽くされているのである。いくつか面白い作例を思いつくのだが、忘れた。あるいは、差別的な文章なので掲載を控える。何はともあれ、家畜人ヤプーをぎゅっと圧縮したような国語の教科書づくりが今日から、私の人生の目的の一つとなった。人生の目的が、ちょくちょく降ってくる。だいたい二日に一度くらい人生の目的が見つかる。もっとかもしれない。けど、大抵、すぐに忘れる。忘れた時のために、メモを取ってあるのだが、そのメモがそろそろ6000件を越す。だいたい二年分のメモである。メモを取ると、どしどし忘れていいから、楽しい。思いつくより先に忘れ、忘れたことをまるで新しい発見のように思いつく。思いつくってことが、新しさの担保なのであろうと思う。思いつきさえしたら、それは新しさなのだろう。というのも、人間の知性と独創性とは不可分だろうから(根拠は示せないがそのような予感がしている)。