くうねるところ

ブログとは、そもそも読まない、か、読み流すものである(と俺は思っています。)

日記19

一日中TVをみて、掃除をして、TVを見てそれで一日を終える女子大生は馬鹿になる。そりゃそうだ。でも、そういう大学生が大半なのだろう、と思う。いや、まあ、例外もいるけど。だいたい大学をブランド化しているTVがわるい。どんな大学に行こうと、馬鹿な生活をしていたら馬鹿になるよ。TVというのは、わかったつもりにさせる装置だから、TVばかりみているとわかったつもりになって馬鹿になる。妙にくしゃみがおっさんぽい女子大生になる。

道路工事があるい一定の頻度で行われるけど、道路工事による微振動が建物の耐震強度を弱めるなんて可能性はないのだろうか、とふっと思う。地震や災害のたびに、異常気象が原因とされるけれど、建物側都市側耐久度に変化はなかったんだろうか、とこの頃疑問。真夏で記録的猛暑というが、果たして現在過去未来同一地点で気温の測定が可能なのかも微妙。極端な話、スーパー銭湯のサウナルームで気温を測れば、年がら年中記録的猛暑なのである。とはいえ、異常気象は怒っているのかもなあ。まあ、人生100年としても、私のこれまでの半生では、地球規模の気候変動を推し量るには期間が短すぎる。ということは、論じても詮無いことなのだろう。となると、ただ、いろいろと無駄なものを捨て去っていくに限るのだろう。車とか、ガソリンとか、原子力とか。

なんというか、これ、日記なのかなあ、と思う。日記だとは思う。

みんな馬鹿で嫌になる。ウルトラマンとはIQテストである。ウルトラ一族のIQは3000だそうだ(確か)。となると、ウルトラマンシリーズを眺めながら、「ウルトラマンたちって馬鹿だなあ」と思えればIQ3000オーバー。学校の先生とか同級生とかも同様にIQテストなんだろう。

なんというか、みんなが馬鹿で苛々している。どうしてTVを見るんだ。うるせえなあ。まあ、それだけだ。TVニュースなんてただただ同じことの繰り返しである。被災地報道を見て、かわいそうと同情するなら、TVを中古屋に売り払って、寄付金に当てればいいのに。世の中、金だ金。ただ、まんぜんと常識に浸っていたいだけじゃないか。金こそ金だ。まあ、うん。

金とは何か。皇帝の権力を分権する装置である。すげえ発明である。一体どこのどいつが発明したのかといえば、皇帝である。皇帝はすごい。

私は、すごくいいことを言っているのだが、どうにも理解されない。馬鹿ばかりだ。

先ほど、母を褒めた。ふっと、母のいいところを思いついたので、電話をかけて褒めた。褒めるっていうか、誤解を解くという感じだろうか。別に私だっておだてたいわけじゃない。母は自分は頭が悪いと思い込んでいるのだが、母がいかに頭が良いかを示すエピソードをふっと私が思いついたのだ。で、そのエピソードを伝えたまでである。要は、母の思い込みをほぐすために、電話をかけた。母の日とか、私には不要なのだ。ものを渡して世の母どもが喜ぶのは、ものっていうものは、「結構いかようにでも解釈できるから」だ。ヴァレンタインデーで例えてみよう。わかりやすいと思う。あなたはチョコをもらった。あなたは「これは義理チョコかもなあ。あのアマなめ腐りおって」と解釈することも「これは本命なんだやり放題だ」と解釈することも可能である。この二つの解釈を適宜ブレンドした解釈も可能だ。つまり、チョコというものから、あなたは好き勝手な妄想を抱くことができるのである。というわけで、母の日に世の中の頭のゆるいクソ母どもは、ものをねだる。自分勝手な妄想に浸りたいがためである。まあ、妄想に耽るのは別に構わない。けど、ものをもらうと嬉しいって心理には、そういう裏事情があるんですよってことは、薄々感づいていてもいいと思う。

そもそも、「お嬢ちゃん飴玉あげるからおじちゃんといいことしよう」ってのと、母の日にプレゼントをもらい喜び、主婦仲間に自慢までしちゃう母たちとどれほどの違いがあるっていうんだろう。母の日にプレゼントをもらって喜ぶ母たちは、おそらく、夫からプレゼント攻撃にさらされて結婚に至ったのだろう。で、その結婚の内実はどのような具合なのだろう?

ああ、なんか皮肉屋っぽいなあ。まあ、腹が立っているのを婉曲的に表現すれば、皮肉屋っぽくなる。私にプレゼントせがまないでくれ。私は私が渡したいと思った時に、適当にプレゼントを渡すのが好きなのである。適当にプレゼントを渡した方が、ラット実験からも明らかなように効果的なのだ。びっくりさせたほうが楽しい、という理由の方が大きいが。