日記32 不登校の子を持つ親へ

日記。

不登校の子どもを持つ両親へ。もしかしたら、あなたたちは憲法を恐れているかもしれない。憲法に記載された(正確な表記は覚えていないが)子供に教育を受けさせる義務に自分たちが違反しているのではないか、と恐れているかもしれない。が、恐るるに足らない。子供に教育を受けさせることが親の義務であるなら、自ら子供に数学や読み書きなどを教える時間を設ければいい。それである程度、義務は遂行したことになる。教育を受けさせる方法などいくらでもある。

これは日記なのかなあ。知らない。

某は運動会が嫌いである。なぜならばうるさいから。あと小学生だった頃、運動会の徒競走でヤジを飛ばされたことがあるから。なんで嫌な目までして無意味に走らなければならんのだ、と思い走るのをやめてしまった。運動会の本質は無意味なのだろう。

運動会って軍事演習の模倣なんじゃないかなあ、と思ったり。

そもそも、なぜ学校でスポーツを教える必要性があるのか?なんて某は思ったりする。体の動かし方を覚えるのはいいことだ。けど、スポーツをやる必然性ってない。重いものを持つコツ、とか、危なそうなやつから走って逃げる練習とか、あと、泳ぎ方とか、実は人間ってその気になれば泳げるんだって事実とか、を伝える必要はあるのだろうけれど、スポーツってばかばかしい。昔、サッカーの守備についていた際、一向にボールが来ないから、あほらしく座り込んでいて怒られたことがあるが、ずーっと立ちっぱなしでいることにどんな意味があったのだろう。座り込んだ某はそれはそれでありだった。たあ、素っ裸になって寝転ぶのがもっとよかった。日光浴になるし、地面を肌で感じられる。

なんというか、子供の遊びと、スポーツってなんか違うなー、と思う。あくまでわかりやすさを優先した例なのだけれど、クレヨンしんちゃんのしんちゃんがよくやるごっこ遊び。あれが子供本来の遊びに近い。木にしがみついてセミに擬態してみたり、芋虫みたいに這いずり回ったり、けつだけ星人って結構な運動量だよなあ、と思う。体を使った自己表現、とでもいうのだろうか。自己表現というか、何かを演じている感じか。演じるって意識もなくただ体を使っているって感じだろうか。スポーツを通して戦略を学べるって面もあると思う。けど、効率的に相手をやっつける方法=戦略なんて学んでもなあ、と某は思う。

冒頭に書いた不登校の親御さんへのメッセージ、結構気に入っている。それがし自身、小学校中学校高校大学とろくに通わなかったのだが、実は、幼稚園も一度退園しているのだが、母は時折、それがしに算数を教えていたわけで、まあ、子供に教育を受けさせる義務をわりとしっかり果たしている。結局のところ、程度問題なのだ。程度問題ってことはどの程度がよろしい、なんて答えなどない。そもそも、学校教育だけが、教育なのか?という疑問もある。しかし、同時に、カルト教団の洗脳も教育と呼べるかも?という恐ろしさもある。当人のためになる教育が正しい教育などと簡単に断言してしまっていいのだろうか。そもそも、当人のためになるってどういうことだ?その教育を受けると、将来金持ちになりますよ、ってことなのか。それって本当に当人のため?じゃあ、TACにでも通わせれば?小学校の代わりに。なんとかっていう教員試験合格者をばんばんだしているらしい学校に行かれせば?中学生を。ばーか。

ちなみに、不登校の子には、フリースクールを紹介するか、さもなくば、放送大学とかNHKとかの教育番組を一緒に見るか、なにか、他の教材を使って学ぶか、一緒に博物館へ行くか、一緒に動物園や植物園に行くか、一緒にキャンプでもするか、そもそも、一緒に料理とかして調理法とか食材の栄養価について教えるとか、会社に連れて行って社会科見学と称するか、役所への書類申請時に一緒に連れて行くとか、あと選挙投票日、選挙会場まで一緒に行くとか、単純に近所の公園でキャッチボールをするとか、まあ、そんなんでいいんじゃないの?と某は簡単に考えています。だって、そうでしょう?

小学校で近所の工場見学へ行くのと、あなたの職場へ我が子を連れて行くの、そんな差ってないと思うよ。

学校の体育と、近所の公園で親子で遊ぶのとそんな差ってなかろう。

一緒に料理したり、キャンプ場へ遊びに行くことと、家庭科での調理実習ってそんな違いがあるだろうか。

まあ、よくよく考えてみたら、学校でやっていることって、その気になれば、全て家庭で行えるのだ。

まあ、無理のない範囲で。